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2023年3月25日土曜日

記事

勤め先辛くても投資期間必要だから、超早めの退職は諦めた。ただし、健康なうちに退職できたので、めでたし。

会社が嫌で嫌で仕方がない時期が
訪れることは誰かしらあるかと。

仕事自体が嫌いではなく、上司・顧客が嫌なら、
まぁ毎年ある人事異動に望みを託すこともできるが、
社風が合わないとか、職場の人間関係に苦労するとか
になると大変。
それが仕事だろう、と言われれば、それまでだが。

他人事だから、気にしなければ良い、
と簡単に言ってくれるけど、
毎日出社して顔合わせるんだし。
離婚したいのに同じ家で別居状態が続くような
サラリーマン人生が始まってしまう。

お金があれば、次の職場を見つけるでも、
引退(リタイア)してもいいんだがな、
とつい考えてしまう。

わかるよ、その気持ち。
そして、株式投資に「その望み」を託す。
最近まではF.I.R.Eとか言って、
勤務先から早期に経済的自立するんだ、
と流行していたけど。
去年は年平均4%の資産増えました?

私は、去年は資産減りました。含み益ですけど。
年間配当は増配と円安で増えましたが。

F.I.R.Eの理想像である、
「自由な時間を手に入れることができ、
 自分が好きなことに注力でき、
 働く必要がないので、
 自分の好きな場所で暮らす」
ことができるのは、資産がある程度あってこそ、できます。

お金が少なければ、
自由な時間のほとんどをお金の不安に費やし、
自分の好きなことをしても不安で熱中できず、
好きな場所で暮らす事は到底できません、
それ相応(不動産価格の安い)の住処での暮らしとなります。

結局、選択肢はないんだよな、株式投資をしている間は。
働け、なんだ。嫌な職場でも我慢して。割り切るしかない。
上司にマウント取られようが、顧客から揶揄われようが、
もう、中年過ぎてからの貧乏に比べたら、どうでも良い。
会社退職したら、お互いに他人様。
肩書き無けりゃただの人。

横道逸れるが、平日の午前中の会員制ジムでは、
近所の見知らぬ退職者同士が会話するのに、
過去の職業を聞くのはご法度、と聞いて、
俺は笑ってしまった。
そりゃぁ、見知らぬ相手が
かつての下請け先とか取引先の人だったら、
気まずい時もあるだろうな。

とにかく、働いている間に「億」行くまでは、
と何回も言い聞かせた。
億まで行けば、退職金なんか「ゴミ」に見えてくる。
ゴミでも貰ったけどね。

億ってからもサラリーマンはしていた。
退職するのも面倒臭かったし。
早期退職よりも経済的自立を優先した結果、
資産が生涯収入に達したときに、
会社に行くのが面倒臭くなって退職した。

会社辞めて暇過ぎても構わないと、
割り切った瞬間だったなぁ。迷いはあったけどね。
他人から見れば、暇に見えるんだろうけど、
好きな時に好きなことをしている。
誰からも、束縛されないからね。
だから、セミリタイアもしない。フルリタイア。
暇過ぎて耐えられない、と言うことはない。
自分で考えて作業をするのが一番楽しい。
周りに迷惑を掛けず、自分が楽しけりゃ、いいんじゃない。

サラリーマンしているときのストレスに比べれば、
断然、今が良い。会社は逃げ場がないからね。
健康なうちに退職できて、自由な時間を持てたのが一番のメリット。
それが出来たのも、資産という裏付けができたからこそ。

毎年、上司の考課面談で「あなたの生きがいはなんですか」と聞かれたのには、呆れたよな。
そんなプライベート聞いてどうするの。「FIREです」って言えるか、ぼけ。
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2022年7月9日土曜日

記事

老後(不労人生)設計では、分散収入を。公的年金、私的年金、配当収入、含み益の安心感。

ブログを始めた頃に、1通のコメントを頂いたことがある。

「老後に億も必要もありません、記事を訂正してください」と。

確かにね、その見方もあると思う。
その当時は、「年金2千万円不足」で賑わっていたし。
厚生年金の平均値で暮らすなら、あと2千万円あれば、
余裕のある老後が暮らせるという見解。

2千万円で十分なんだから、
億なんて気の遠くなりそうなことを。
って感じなんだろう。
まぁ、それでも、一般論としては
「億」は言い過ぎではある、俺も認める。

でも、10年後、20年後、
公的年金が増えるとは思わないし、
物価のインフレは起きるだろうし。
その当時、2千万円不足なんだから、
将来は、いくら不足するんだか。

億が必要だと、あえて大げさに言ったのは、
億から生まれる収入で年金不足を補いたい、からよ。

資産取り崩しながらの老後は、正直、恐怖と不安でしかない。
自分がいつまで生きるかわからんのに、
取り崩して資産ゼロに近づく不安に苛まれたくない。

1億円で年間500万円使えば、20年で資産ゼロになる。
どこに不安が?って、反論されるかもしれんが、

70歳で資産取り崩して、90歳で資産ゼロ。
後は年金だけで暮らせるんかい?
今まで、年金+500万円で
裕福な生活していれば無理だって、わかる。。

1億円の試算から生まれるインカムで年金不足を補う。
だから、手元には資産を残しておきたい。

「お金を使わずに、タヒぬなんて、~」というのは世間の見方。
「お金の心配をせずに人生を全うする」ほうが俺は健全だと思っている。

まぁ、さすがに億は言い過ぎだな、
でも当時、記事は訂正しなったけどね。
言い過ぎないとその目標額まで達成できない、
のも事実だと思うけどなぁ。

5百万、1千万、3千万と徐々に目標額を達成しながらな、それほど遠くでもない。
5百万の2倍、1千万の2倍、2千万の2倍、4千万の2倍って感じで投資元本を大切に、あとは時間を掛ければ。
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2020年10月4日日曜日

記事

仕事か株式投資のどっちかに専念して財産作ってから、リタイア考えれば。

セミリタイアの可否を議論する暇があるなら、まず財産作れ。
米国株式投資すればセミリタイアできるような
シミュレーションしている人多いけど、
それはファンタジー

社風が嫌い、上司が嫌い、仕事が嫌い、米国株式投資でアーリリタイア。
そんなんで財産築けるわけない。よほどの幸運でもない限り。

まず、セミリタイア前提で物事を決めるべきじゃない。
セミリタイアするのには、それなりの資産が必要なんだから。
資産ができてから、リタイアできるかどうか決めるべき。

「不景気になれば、正社員にしがみ付くのが正解。」
「景気が良くなれば、株式投資が正解。」と、
どっちが正解なんだって感じの人がいるけども、
これで財産築けるとは思えないんだが。
なかには築ける人もいるだろうけど。

ある程度の資産、例えば株式評価資産1億円を達成すれば、
そのときに見えてくる人生の風景ってもんがある。

「別に働かなくても、もういいかな」と思うかもしれないし、
仕事で失敗しても何とでもなる、という安心感が生まれる可能性もある。

貯金500万円しかなかったときの人生の選択肢と
株式評価資産1億円持ちの選択肢が同じ訳がない。

「リタイアすると孤独になる」心配する前に、
リタイアできる資産作ってから心配しても遅くない。

それにね、孤独を好む人は、孤独の心配はしないよ。

働かないと社会孤立する不安があるなら、ずーーっと働けばいいと思うけど。
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2020年10月3日土曜日

記事

バカンスがない日本の休暇制度の虚しさ。

西欧ならバカンスで1か月ほどの連続休暇がとれる。
日本では有休制度で1年に25日位の休暇は取得可能かもしれないが、
連続は厳しいだろうな。
せいぜい、祝日に2~3日の休暇を合わせて1週間の休暇をとるのが今の現状。
それも、大企業だから可能って面もある。
日本で1か月も連続休暇をとれるのは外資系位なもん。
「ゴールデンウィーク」っていうけど、西欧のバカンスは1か月単位。
全然、ゴールデンじゃないよね。

逆に言うと、1か月もの休暇が与えられたら、
どう過ごしていいのかわからない人もいるだろうなと思う。
30年もそう過ごしてきたら、そうなってしまう。

会社か社会に、そのように「飼い慣らされた」と言えば誤解が生じるかもしれないが、
実際、日本にバカンスってないし、そのくせ、祝日はやけに多い。
NY市場の休場日数は、東京市場のそれよりも少ない。は良く知っているかと。
NY市場がオープンしていようが、稼げれば休む。そう、夏休みをとるために。
稼いでいても、オープンしている以上、休めない理屈はないんだろうな。
日本位なもんじゃない、さらに祝日を増やそうと思っている国は。

働いていたほうが気が楽だ、っていう人もいるかもしれない。
そうなると、永久に休暇が続くリタイアは苦役だろうな。

リタイアして隠居して、
「空気がおいしい」とか「健康であることが幸せ」とか「毎日が充実」なんて、
無理しているブログも見られるけど、働いていも同じだろう。
普通、そんなことをわざわざ言わない。

会社組織で働く、自営業を営む、不労収入で暮らす、の3つかな。選択肢は。

「不労収入で暮らす」人が、朝起きる理由は、日差しを浴びるためだな。
少なくとも出勤するためとか、顧客に会いに起きる理由はない。

「そんなに休んで何しているの?」と聞かれたら、「そんな働いて何しているの?」と聞き返そう。
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2019年9月28日土曜日

記事

会社員なら社内政治の勝ち組やリーダタイプを目指さないと、正直きつい。

社会に出て、給与を貰える立場になって気が付いたこと。
バイトでも感じたことはあったが。

こつこつ地味に仕事をこなしても、なかなか評価されない境遇に合うことはよくある。
特に技術職の社員なら。

会社という組織のなかで、昇給や昇進にありつけるのは、現場仕事をこなす人ではなく、
どちらかというと、業務をまとめ上げる人のように思う。
リーダーシップをとれるような人だが、特に技術・業務内容に精通しているわけでも
ないし、特段仕事が速いわけでもない。
ただ、いつのまにか、そのリーダー格が仕事をしたことになって、昇進している。
特徴と言えば、上司に対する報告が手際よく、同僚・部下の仕事をまるで
自分でまとめあげたように話すので、上司もそのリーダーを信用するのだろう。
全体を見渡して、業務や部下育成の運営管理を任せられる人物と感じるだろう。

他の社員は自分だけの業務だけに専念して、周りを見渡していないように
上司は感じているのかもしれない。本当は、そうではないのだが。

集団となると、ピラミッド型の組織体系になることは大方出来上がっている。
そして、頂点を目指そうと、社内競争を始める。
相対評価が組織を活性化すると信じ込んでいる。
相対評価は、誰かと比較されての評価だから、異質な社員を排除してゆく。
異質なものの考え方が会社を活性化するとは思っていないらしい、
あれ、でもダイバーシティって一時期流行していたけど、どうなったって感じ。

米国株式投資で財をなそうと考える人は、どうだろうか?
組織の中では異質だろうか?多分、異質だろうと思う。
会社では株式投資をするぐらいなら、会社が提供する企業型確定拠出年金にしておけと。
いやそれでは、ビザやマイクロソフトに直接投資できない不満が溜まる。
会社が提供する投資信託では手数料は高いわと『ろくな商品がない』と嘆くことになる。
その不満は会社にすれば、異質な存在に映る。

投資で資産を築くのは、自分で考え、自分で判断する、その結果は全て自分に跳ね返る。
誰かの業務評価を得る必要もないし、面談もない、リーダー資質も問われない。

会社なら、あいつの給料は、俺が稼いでいるようなものだと、嫌味を言う社員も
いるだろうが。株式投資では無縁。

米国株投資が頼りになる根拠は、米国株指数が長期では右肩上がりを続けていること。
言い換えると、米国を中心に世界の経済が回っている(怒られそうな表現だが)、
基軸通貨が米ドルである限り、そう信じている。

『こつこつ』米国株式投資の積立をして財を成した無名の人はいる。
今では有名だが、ロナルド・リード氏のような人。
貯めた株式資産を使わずに、人生を終えたからと言って、不幸ではない。
おそらく、それが楽しみだったのだと推測する。
不幸というなら、バフェット氏は世界一の不幸となる。

楽しんで仕事ができる境遇の人が世の中どれだけいる?

2019年6月6日木曜日

記事

配当生活に向く人生観(生きるために働く必要がないことへの不安)

若い時に出勤する電車・バスの中で下記のことを思ったことはないですか?

・山登りに出かけて、帰りは温泉につかりたいな
・釣りに行きたいな
・サーフィンしたいな
・朝からビール飲みたいな
・天気がいいのだから、このままマラソンしてぇな
・読書の続き読みてぇ
・オンラインゲーム中断したくなかった!(ゲーム中毒があるから中断が正解かも)

勤務中でも、ふと、窓の外を眺めて、下記の自分を想像していないだろうか?

・海で泳いでいる自分
・波を優雅にこなしてサーフしている自分
・スノーボードをしている自分
・ゴルフをしている自分

しかし、生活費を稼ぐために労働する必要があるのなら
「生きるために働かねばならない」。

勤務を抜け出して(もちろん一般的には有休を使ってだけど)、
上記の行動を数回行ったとして、それで人生が充実すると確信できるなら、
「生きるための労働」から「楽しむための労働」または「労働を止める」を
する支度を考える時期に来ているかもしれない。

配当で生活費が賄えるなら、
少なくとも「生きるための労働に提供する時間」は大幅に節約できる。
おそらく正社員からフリーランス、パートに鞍替えになるだろう。
配当というお金で、自分の労働時間を買うことになる。

雨の日は釣り具の手入れ、天気が良く体調が良い時に釣りに出かける、
この日常が続くことが、あなたにとって退屈なら、リタイアは止めたほうがいい。
週末の釣りは仕事のための息抜きであって、本当は、仕事自体(または会社の集団生活)
が好きな人生観なのかもしれない。

仕事以外の好きこと(他人にとっては取るに足らないことだが)もやってみたいと
思いながら、実際はやらずに70歳まで生きるための労働を続けるなら、
一度は再考のため振り返りたい。

配当生活は働きたくない訳で、株式配当を求めているわけではない。
株式配当があると、人生の選択肢が増えるから株式配当に思い巡らしている。

株式投資も、見方によっちゃ、労働だし面倒な作業もある、
でもそれが配当を考えて株式投資することが楽しければ、苦痛にはならない。