自分が認知症になっても、
自分は認知症である、と思わないことが、
周りに迷惑をかけてしまうんだよな。
親戚でそれで苦労している人もいるし。
俺が最後にお金を残しても良いから、
株式投資を続けようと思っているのは、
それはそれで、
結構良い刺激になるんじゃねーか、
認知予防になっているんでは?
と思っているから。
自分の評価資産額は株式相場(と為替)に
翻弄されるんだけど、
それはそれで日々刺激になっていることは事実。
下落したとか上昇したとか、あれば、
その要因を探るんだし。
個別銘柄投資なら、
その企業の業績に関して敏感になるし。
強いられているわけでもなく、
望んで投資したことなんで、
嫌々と言うわけでもなく、
落ち込んだり息巻いたりして、
意気揚々と投資ガチホしているんだからね。
バフェット氏、マンガー氏とかロナルド・リード氏のような
ずーっと投資をし続けた人が認知症になった、
とは聞かないので、その点も心強い。
まぁ、俺が知らないだけで居るのかもしれないけどさぁ。
お金の心配はほぼないが、投資の心配は常にある。
だから、ほったらかし、とか放置投資はしたくない。
むしろ、ほったらかしたら、忘れて、
そのままで人生終えそうだし。
それでは相当の悔いが残る。
お金は残しても悔いはないのよ、
でも投資は続けたいのよ、最後まで。
最後まで儲けたいとかグリードじゃなくて、
投資の刺激が心地良いものになっているから。
人間同士の妬みとかやっかみのように陰湿なものでもなく、
どこか無機質なモノだからね、株式投資は。
多分、この感覚は長期投資ガチホを続けたお陰で、得たモノなんだと思っている。
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